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暦の上での春は、徐々にその深まりを進めつつあるが、
現実ではまだまだ極寒の日が続く。
特に今年は久々に尻腰のある冬将軍が降臨しておいで。
ここ最近はというと、
その終わりに最後っ屁のような真冬日を投下してって、
全体の採算を合わせていたようだったものが、
この冬はなかなか手ごわい厳冬で。
都内でも結構なペースで雪の日があったほど。
やたら重ね着すればいいというものじゃあない、
着すぎは却って温みを奪いもするとか、
それよりも、手足の先や首元を暖めるだけで、
全身を巡る血が暖まるので効果は絶大なのだ、とか。
防寒への知恵や対策、多少なりとも知らない身ではなかったけれど。
“シチロージさんから毛糸を頂いといてよかったなぁ。”
明け方の、最も冷え込みの強い黎明の頃合い。
食事や何やの支度にと目覚めたそのまま、
何をおいてもまず…と七郎次が向かうのは、
リビングの一角に据えられた、ふかふかなクッションで作った仔猫の寝床へ。
移動用のゲージに入るときと似たようなものか、
自分たちへはそう見えている幼児の姿のままでは たいそう窮屈なはずが、
そうでもない大きさのバランスになっているのはともかくとして。
カシミアのストールを畳んだものを上掛けとして、
小さな身をくるんと丸めて眠る様子は、
ともすれば…あまりの寒さに身を縮めているように見えてしょうがなく。
それがついつい気になって、
くしゃみでもしてるんじゃなかろうか、
毛糸の何か、もう一枚着せた方がよかったかなぁ、
あちこちからタオルじゃ何じゃ、引っ張り込んでは いなかろか…と。
それを真っ先に確かめに来るのが、七郎次の冬の朝の習慣となりつつある。
だがだが、仔猫の久蔵の実体は、
勘兵衛ほどには大きくない自分の手でも、
楽勝ですっぽりと隠してしまえるほどに小さくて。
そこへと綿入れなんぞを掛けてしまえば、
下手すりゃ埋まり過ぎで息が詰まってしまうやも。
そこのところを考えよと、勘兵衛からも常々窘められており。
それにそれに、実をいや…いつぞや、
薄いものとはいえムートンの上掛けを足したことがあったのだが、
寒いだろうと思ったものの、ご当人には寝苦しいことだったようで。
しまいにゃあ、七郎次が捜し出さぬようにと企んだものか、
それとも単純な話としてそれほど小憎らしいブツだったのか。
自然にめくれて落ちただけではあり得なかろう、
ソファーの下の随分な深みへと押し込まれてあったので。
どう見えておろうと やり過ぎは迷惑になるだけぞ…との、
勘兵衛からの言を守ることとした七郎次であり。
「〜〜〜〜〜。/////////」
こちらの気配にも気づかぬか、すやすやと眠り続ける幼子は、
体こそ小さく縮めちゃあいるけれど、寝顔の方は たいそうまろやかで。
カーテンを引いたままの薄暗いリビングなせいで、
淡色の髪やらその下に微かに覗く額の白さは、
ともすれば青みがかった陰りの中だが。
力みもないまま、頬の縁へ軽く合わさっただけな瞼といい、
今にもぱかりと開いてしまいそうな緋色の口許といい、
そりゃあまろやかで愛らしく。
ふっくらと柔らかそうな頬の丸みは、いつ見ても何とも魅惑的。
指先でつついてしまいたくなる衝動を押さえるのが、
いつもいつも大変だったらありゃしない。
胸の中にて今日一番の悶絶、惚れてまうやろと唸りつつ、
ううう〜〜〜っとこらえる何かしら、気配の余燼でも届くのか。
「 ……みゅ、?」
頬へと伏せられていた睫毛の先がひくくと震え、
小さな頭がむくりと起き上がる反応の素晴らしさは、
そここそ野生の香りも居残る、仔猫たる証しというものか。
覗き込んでいた七郎次を視野の中へと収めると、
みぃあんと小首を傾げて見せるので、
「ごめんね。まだずんと早いのにね。」
ふわふかな金の綿毛へ手を延べて、よしよしと優しく撫でてやれば。
寝ぼけ半分だった目許をたわめ、
ご機嫌そうに擽ったそうに、うにゅむにゅと首をすくめて微笑ってくれる。
しかもそのまま、彼の側からも小さな頭を押しつけて来の、
にゅうん・みゅうんvvと甘いお声で懐いてくれるものだから。
可憐な温みといい、小っちゃな力でうにむに擦り寄るその所作といい、
「〜〜〜〜〜。///////////」
背条をぞくぞくぞくぅっと這い上る、甘い甘い快感に、
もうすっかりと大人であるはずの七郎次さんだってのに、
うわああぁぁぁ〜〜〜〜っと いけないお声が出そうになったくらいで。
こんな調子で始まる1日なんですもの、
幸せでないはずがないじゃあありませぬかvv
どんなに早く起き出していても、
気がつきゃ30分ほどを ぼんやり過ごしてしまううっかりお母様。
風邪だけは拾わないでね、お母様。(苦笑)
◇◇◇
……という、性懲りのない朝を迎えてののち、
あああ、いけないいけないと我に返ると、
坊やにカシミアを掛け直してやってから立ち上がり。
玄関へと向かって郵便受けから新聞を取って来、
ああやはり今日も寒いなぁと、小走りになって戻って来れば、
上がり框でお座りし、小さな坊やが待っててくれていたりして。
「みぃあんvv」
「ありゃりゃあ。」
寒かっただろに どしたんだ、久蔵と。
駆け寄っての抱き上げてやれば、
あのねあのね、もう起っきするのとでも言いたそうなお声を出すので、
そうかお付き合いくださるかと、
んんん〜っと頬擦りしつつ、抱えたまんまでキッチンへ。
日によって微妙に異なるものの、
締め切り間近だの、
若しくは何か降りて来ての、
興が乗ってのこと徹夜した翌朝…なぞでないのなら、
作家である以前から続けている武道の成果か、
結構きちんきちんと規則正しい日課をこなす御主なので。
そうそういつまでもいつまでも、
いぎたなくも寝過ごすということは少なくて。
…って、誰ですか、年がいくと寝るのにも体力が要るんで、
ついつい起きてしまうだけではなんて言ってるのは。(苦笑)
炊飯器のスイッチが入っているかを確かめてから、
冷蔵庫をのぞき込み、
今朝は鮭にしようか、それともアジの開きかな?
ムツの味噌漬けもそろそろ頃合い。
「久蔵は何がいいかな?」
こうして抱えているときは例外。
キッチンへと一緒した小さな坊やへ訊いてみれば、
「みゅうにゅ?」
軽やかな綿毛を頬へと零すほども、ひょこりと小首を傾げてから、
七郎次の懐ろの中でひょいと立ち上がり、
まるで耳打ちしたいかのようにお顔を寄せてくる。
なぁんだい?と目許をたわめて見つめ返せば、
小さな口許をこちらの頬へとくっつけて来、愛らしいちうを贈ってくれて。
「わvv ///////」
もうもうこの子は…と、目一杯やにさがってたそんなところへ、
「一体いつから、そのようなことを覚えたのだ?」
「え? あ…。///////」
割り込んで来たお声へは、七郎次は勿論のこと、
身を延ばしてた小さな坊やもまた、
お兄さんの肩口からお顔を覗かせ、背後に立ってた誰か様へと視線を送り、
「みゃ〜んvv」
嬉しそうなお声を出して、甘えるように長鳴きをするのが、
“正直だったらありゃしないvv”
七郎次も好きだが、何と言っても…出会いのころの態度からして、
勘兵衛の方がもっと大好きならしい仔猫様。
ちょいと妬けますよねぇと、その胸中で呟きながらも、
「おはようございます、勘兵衛様。」
ほんのついさっきまで、同じ寝台にいた相手。
寝起き直後という条件はほとんど変わらぬ二人なはずだが、
手櫛で梳いただけでも収まりのいい、
真っ直ぐな金絲の髪を、
ちょちょいっと束ねただけならしい七郎次とはまるきり違い。
ある意味で、日ごろもさして変わらぬといや変わらぬそれか、
少しばかり癖の膨らんだ濃色の蓬髪を、
深草色のカーディガンを羽織った背中までへと降ろした御主は。
仲良く起っきし、キッチンで戯れていた…と断じたらしい家人二人へ、
微妙に目許を座らせていたものの、
「うるさくしましたか? すみません。」
少々恐縮気味に、そちらへと向き直った七郎次の動作に合わせ。
自分も柔らかな躯をよじっての前をと向き直したおチビさんが、
「にゅう? みゅうにゅ?」
潤みの深い双眸でじいっと見つめてくるのへは、
「……うむ。済まぬ。」
つまらない悋気なぞ大人げなかったのと、
速やかに反省してしまう悟ったお方でもあって。
精悍な面差しに味のある苦笑をほのかに滲ませ、
愛しい二人の傍らまで、すたすた素直に歩み寄る。
まだまだ冷える冬の朝。
とはいえ、まろやか柔らかな笑顔が待っておれば、
起き出すのも苦ではない。
抱っこ抱っこと寸の足らない腕伸ばし、
こちらの温みに触れたがるおチビさんを引き受けながら。
その坊やが、こっちの懐ろ、向いてる隙を衝くよにし、
微妙に両手がふさがっていた誰か様の、無防備だった口許へ、
そりゃあ自然にお顔を寄せての、そおと唇重ねるところが、
相も変わらず油断も隙もないったら。
「〜〜〜〜〜〜〜。////////」
「にゃあ?」
年甲斐のない悪戯を、だがだが、
どしたの?と見上げて来た無垢なお顔には言えっこなくて。
こちらはこちらで、
悪戯坊主を二人抱えている気分に襲われたおっ母様だったりし。
……でもね、七郎次さん。
ただの悪戯坊主は、そんなまで上手にキスはしませんてvv
NEXT →
*もちょっと続きます。
2が5つも並ぶ“猫の日”のうちに仕上がればいいんですけれどvv

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